~おでんデータから読み解く日本  番外編~


あるある学1回目から8回目では、西日本のおでんにフォーカスし、南九州豚肉ロードなどの話、和食文化における関西の昆布の立ち位置、東西の鍋料理とおでんの関係性などのお話をしてきました。

9回目からは場所を東日本に移し、愛知県と岐阜県の味噌とおでんの関係を紹介しました。

10回目は、お隣の静岡県のおでんについて話をします。

今回は、静岡県内の各地域で食されているおでんを指す時は「おでん」、静岡市内で主に食される黒い汁で豚もつや黒はんぺんなどを煮るおでんを“静岡おでん”と呼ぶことにします。


練りもの大国 静岡県には「はんぺん」が三つ


まずは、おでん種で人気のはんぺんの話から。静岡県というと「黒はんぺん」を思い浮かべる方もいらっしっやるのでは?


はんぺんの名前の由来は、駿河の国 駿府の膳部 半平さん?


はんぺんの語源は、お椀に半分に魚のすり身をつけて作るから「半片」説、ハモ肉で作る「はも餅」から来ているという説、魚肉にやまいもを「半分」加えることからという説など諸説あります。

この他、駿河の国 膳部 「半平」さんが作ったので「はんぺい」がなまって「はんぺん」になったという説もあり、静岡らしい由来もあります。


浜松市の「真丈(しんじょう)」に近いはんぺん


おでん屋さん巡りを始めた30年位前、静岡県のローカルテレビから取材がありました。

「静岡県には三つのはんぺんがある。街角で3種のはんぺんの写真をみてもらい、知っているはんぺんのボードにシールを貼ってもらうというインタビューするので、紀文さんのパッケージを貸して欲しい」との依頼でした。

まだ、現在の仕事に着任したばかりだったので、「えっ、白と黒の二つじゃないの」と思いながら、出来上がった番組をみていくと、「三つ」にシールをつける方が多かったことに驚きました。

浜松市近辺では、白くて四角いはんぺんを「浮きはんぺん」、筋が4本あるものが代表的なしんじょうに近いはんぺんを「白はんぺん」、イワシやサバが原料の黒いものを「黒はんぺん」と呼び分けします。

また、静岡市には、三角の形をした「はんぺん」もデパートで売られ。贈答品としても扱われます。


参考:全国のはんぺん


全国の主なはんぺんとよばれる練りもの


全国には、はんぺんと呼ばれるものは多数がありますが、三つも存在しそれぞれがメジャーな県は数少ないと思われます。

参考:全国のはんペん情報はこちら 「白・黒・茶・緑・桃色のはんぺん」


“静岡おでん”


そして本題のおでん。

ご当地おでんの特集で「石川おでん」とともによくテレビで紹介される“静岡おでん”は、「しぞーかおでん」とも呼ばれ、「静岡おでんの会」も存在し、県民に愛されるソウルフードです。

「静岡おでんの会」では、“静岡おでん”の定義として、その1:黒はんぺんが入っている、その2:黒いスープ、その3:串に刺してある、その4:青のり・魚のだし粉をかける、その5:駄菓子屋にもあることを五つ掲げています。(ひとつでも該当すれば”静岡おでん”というとのこと)

そして、おでんの会では静岡市内にある“静岡おでん”が食べられる店として「しぞーかおでんマップ」も作成しており、「しぞーかおでん」は静岡市内の「青葉おでん街」「青葉横丁」などのおでん街を中心とした「居酒屋系」と「駄菓子屋系」に分かれると解説されています。

筆者も何回も静岡市を訪問しましたが、その解説の通り、街中に“静岡おでん”がたくさんあります。青葉おでん街のおでん店の数の多さや、そのノスタルジックな雰囲気にも圧倒されました。

また、公園内の駄菓子も販売するおでん屋さんに、開店直後の10時頃から散歩がてらとおぼしき方々が、数本のおでんを食べてさっと帰る光景を目にした時は、市民の方はつくづくおでんと密着しているのだと感じました。

外食以外にも、県内全域にチェーン展開されている惣菜店の「テンジンヤ」さんのおでんも度々テレビで紹介されており、看板メニューのおにぎりのおかずにおでんを購入される方もたくさんいるそうです。


青葉おでん街


家庭で作るのが難しい、黒い汁の“静岡おでん”



“静岡おでん”の専門店のご主人に、黒いおでん汁について伺いました。

「“静岡おでん”は、牛すじや昆布からとった出汁に豚もつを加えコクを出し、濃口醤油などで味付けし、その汁を継ぎ足して使用するため、色が濃く黒くなる。ご家庭で作るにはとても手間がかかるし継ぎ足し継ぎ足しの作業は難しいので、外食や惣菜店の持ち帰りで食べられる方が多い」とお話しされ、また、「店舗によっては、液体上の味噌につけてからだし粉と青のりをかけるところもあり、この味噌も各々おでん店の特徴なんです」と教えてくれました。


西部地方、東部地方の外食のおでん


静岡県は、浜名湖がある西部地方、大井川がある中部地方、富士山がある東部地方の三つに分かれます。

30年程前は、西部地方や東部地方のおでん屋さんでは、いわゆる“静岡おでん”ではない、澄んだ色の汁、または、様ざまな濃淡の醤油色のおでんが供されることが多かったように思います。

オデンガクサイトでも紹介した創業昭和12年「浜松市 おでん屋 稲作」さんでも、80代で浜松市出身(旧天竜市)の女将さんが「静岡県でおでんというと、静岡おでんが思いつくかもしれないけど、うちのは関東煮なの」と語っています。

稲作さんのページはこちら


ご当地おでんの台頭


しかし、最近では、西部、東部ともにお店の前に“静岡おでん”のノボリが掲げてあるおでん屋さんも随分増えました。

都内でも有名店が何店もありますね。これは、ご当地おでんが話題になったからだとと思われます。

1988年から1989年にかけて実施された「ふるさと創生一億円事業」を始め、数々の地方創生の政策が打ち出され、「ご当地食材」「ご当地グルメ」の開発やPR活動が盛んになり、ユニークなご当地「ゆるキャラ®」が誕生しました。

ご当地グルメとして、豆味噌で味付けをする名古屋味噌おでん、女性タレントの発言でブームとなった姫路おでんなどがマスコミで取り上げられ、普段なにげなく食べているおでんが、地方によって種ものや汁(つゆ)、つけだれなど食べ方がまったく違うことを意識するようになったのもこの頃です。

紀文でも、2006年に「キリン一番搾り生ビール」のキャンペーンに連動して、「静岡発  黒はんぺん」を発売し、静岡おでんと連動した啓発活動を行いました。

黒はんぺんのリリースはこちら


はんぺん、おでんのように、食べ物が県内でなぜ分化されたのか?


前回の中部地方の地理的要因でお話した通り、静岡もそのことがあてはまります。


東海道新幹線の駅が6駅、東海道五十三次の宿場が22宿



その中でも静岡県は、東日本と西日本を結ぶ「東海道」を有し、江戸時代においては「東海道五十三次」のうち22の宿場があり、現代において東海道新幹線の駅が6駅もあるという、交通の要所となっています。


越すに越されぬ大井川 一級河川が地域独自の食文化を育む


また、静岡県は、東海道という大動脈を有し東西の食文化の情報が入手できる一方で、富士川、安倍川、大井川、天竜川の一級河川が駿河湾や遠州灘に注いでおり、この河川が豊かな食の恵みをもたらすとともに、食の文化を分岐させ、各々の土地で様ざまな食文化が育まれてきました。


“静岡おでん”に入る珍しいおでん種



このような静岡県は、漁業が盛んで多くの種類の練りものがあります。 “静岡おでん”が食される静岡市の近くには、良好な港である焼津や由比があり、焼津名産のなると巻、黒はんぺんの他、信田巻、白焼き、さんかくなどの練りものを食すことができます。
 

この他、カツオのへそ(心臓)、フワ(牛の肺)などが有名です。

  • 黒はんぺん:焼津市や静岡市周辺の名産品。イワシやサバなどのすり身を半月状に成型し、ゆでて作る灰色の練りもの。
  • なると巻:紅白2色の魚のすり身を巻いて蒸したもの。すだれで巻いてできる表面のギザギザも特徴。串に刺したフォルムがとてもキュート。
  • 信田巻:肉、かまぼこ、野菜などを油揚げで巻いたもの。石川県のおでんにも入る。静岡県のおでんでは中身がかまぼこだけのものが多い。
  • 豚もつ:静岡おでん”の起源は大正時代といわれ、当時食べる習慣がなく廃棄していた、豚もつや牛すじなどを煮込んで提供したのが始まりをいわれる。
  • カツオのへそ(心臓):焼津市のおでん専門店の名物。焼津はカツオの漁獲量の日本一を争うほどでカツオ料理が多い。筆者が訪問した店舗では季節限定品だった。
  • フワ(牛の肺):静岡競輪場の名物。競輪場にはこの他、豚のもつ、豚のがつなどの種ものもあり、自宅用に密閉容器持参で購入される熱狂的なファンもいるそう。

前回まではデータとともに、日本全国のおでんを紹介してきましたが、静岡県のおでんはあまりにも書きたいことが多くなってしまいましたので、データによるお話は次回といたします。

‘静岡おでん’の特徴である「おでん種の串刺し」の比率などを紹介する予定です。