- 昔かたぎの父から店を受け継ぐ
- 計算されつくされた鍋の配置
- 驚くほどの手間暇をかけたおでん
- 定番おでん種に加え、秋田らしいものも
- ずっと変わらない、変えない汁
- 何があっても365日、火を絶やさない
- 1日20時間、店にいる
- 「江戸中」の酒と肴
- 100年目にむけて
秋田駅から歩いて15分ほどの場所に位置する、秋田を代表する歓楽街「川反(かわばた)」。かつては料亭が軒を連ねた粋な横丁でしたが、古き良き姿を残す店はわずか数軒に。町の姿が変貌する中、「江戸中(えどちゅう)」だけは戦前の風情を今も濃厚に残しています。風情だけではなく、おでんの作り方も味も90年以上ほぼ変わらずという奇跡のような店を守るのは、5代目となる長崎功紀さんです。
昔かたぎの父から店を受け継ぐ

創業者は私の祖父で、祖父から祖母、父、母と、家族だけで店を引き継いできました。店の場所も内装も変えず、90年以上がたちました。自分が初めて店に立ったのは34歳のころ。それまでは会社員だったので、まったく調理の経験はありませんでしたが、父は“仕事は見て盗め”の昔かたぎで何も教えてくれなかった。「江戸中の味じゃない!」と、若いころはお客さんにしょっちゅう怒られていたけれど、父は何も言わないんです。お客さんにずいぶん鍛えられましたね。
計算されつくされた鍋の配置

父は子どもを育てるみたいに、おでん種を扱っていました。おでん種の形や大きさ、入れる定位置は厳密に決まっていて、種への味の入り方を見極めています。やりいかのサイズやこんにゃくの切り方など、いつも同じようにしているけれど、おでん種の顔は1個1個違うので、常に手を入れて場所を変えたり、お客さまに出すタイミングのおでん種を選んだり。ステレオタイプの仕事はけっしてできません。「おでんは子育てのようだ」と親父が言っていた意味もわかる気がします。
驚くほどの手間暇をかけたおでん

新しいとか珍しいとか、創作料理的なおでん種はなく、豆腐や練りものなど、いたって普通のものばかり。でも、ここでしか出せない味は、祖父から脈々と受け継がれてきた仕込みとだしにあります。
例えば「玉子」。殻付きの卵を塩ゆでした後、おでん汁で煮込むこと20日以上。火を入れて冷ましを、3~4週間かけて行います。殻付きのまま煮ることで、白身がかたくならず食感はほろほろ。黄身の中心まで味がしっかり染みわたります。
木綿豆腐は4~5時間かけてかために水切りし、営業終了後におでん鍋の火を止めてから豆腐を入れます。冷めていく段階にゆっくり味がしみて、江戸中の「豆腐」に仕上がります。1日個数限定で、売り切れ次第終了。それ以上は入れられないんです、ぶつかりあってくずれてしまうから。
厚めの「こんにゃく」は育てやすいようきっちり隙間なく並べて1週間以上煮込みます。すると外側は白く、中央は黒と2層に変化し、独特の食感に仕上がります。「さつま揚」や「ちくわ」などの練りものは4~5日かけて煮込むので、どのおでん種も染みしみの飴色に仕上がります。
定番おでん種に加え、秋田らしいものも
「豆腐」には小ネギとイワシ粉、青海苔をふってお出しします。黄身の芯まで味が染みた「玉子」や「ヤリイカ」も人気が高いですね。「ニオ」という山菜は、秋田らしいおでん種として喜ばれています。セリ科の山菜で、フキとワラビの中間のような独特の風味と食感が魅力です。春は秋田産のタケノコやフキ、夏は男鹿半島産の黒バイ貝、秋冬期に寒くなってくると大根や里イモなど、季節限定の種も用意しています。
両親と3人の時代はつみれを作っていました。現在はワンオペなので提供できるおでん種は限られていますが、中でもコレ!といったメニューはおさえるようにしています」とおでんは下ごしらえが肝要と語る長崎さん。

ずっと変わらない、変えない汁

創業者である祖父の代からずっと、だしを毎日継ぎ足してきました。うなぎや焼き鳥のタレとは違って、濃くなった鍋の汁に新しいだしを加えて味の濃度を一定にするやり方なんです。鍋に入っていた前日までの汁を濃し、今日の新しいだしを継ぎ足しますが、ぴたっと同じ味にするのが難しい。
だしに使うのは焼き干しと煮干し、根昆布で、砂糖や醬油は使いません。調味は様子を見て、たまに塩を加えるだけ。濃い汁の色を見て、しょっぱい味を想像する人も多いのですが、そんな人ほど驚くまろやかであっさりした味わいなんです。この味がどこからきているのかは、正確にはわからない。おそらく、おでん種が持つ旨みや甘み、塩味が汁に溶け込んで、完成されているのでないでしょうか。
何があっても365日、火を絶やさない
冬は4時間、夏は3時間、おでん鍋は毎日火を入れています。火を入れて、休ませてのくりかえしで、おでん種に味を入れていきます。店の定休日も正月も、火入れは欠かさず。幸運なことに入院するような病気やケガもなく、旅行もせず、泊りがけで店を離れることはありません。
コロナ禍のはじめは、3~4か月ぐらいお客さんが来なかったですね。来ないとわかっていてもだしとおでん種を毎日加え、火を入れ続けました。あの時は、母親と毎日おでんばかり食べていましたよ。一度失ってしまったら二度と手に入らない味ですから、イレギュラーなことは決してできないんです。

1日20時間、店にいる

店は22時に閉めますが、そこから洗いものや仕込みをしていると、寝るのは深夜4時になってしまいます。朝起きたらすぐに火を入れて、その日の仕込みを始めます。店の2階に住んでいるからできることですが、1日だいたい20時間は店で過ごしているんじゃないかな。
後継者は?とたまに聞かれますが、こんなに手間のかかる仕事、家族でしか継承できないですよね……。他人にはまかせられないし、やれる人なんて誰ひとりいない。じいさんとばあさんが大事にしてきた店を守りたい、続けられるのはただその思いだけ。親父も若いころは試行錯誤したようですが、結局ひとつの完成形であるこのおでん作りを、愚直に守ることを決めたようです。
「江戸中」の酒と肴

酒は秋田の地酒「髙清水」の清酒のみ。お客さんの6割が注文する熱燗は、燗銅壺(かんどうこ)という銅製の酒燗器で燗つけ。炭火でじっくり温めるため、まろやかな味になると評判。おでんに熱燗の組み合わせは酒場おでんの王道だ。

香ばしく炙った焼き鳥は、煮切り酒に浸しながら焼くスタイル。器にも煮切り酒がソースのように注がれ、残った酒はスープのように飲んで味わえる。正肉(鶏もも肉)と砂肝があり、どちらもねぎを刺した“ねぎま”だ。囲炉裏をおこす金・土曜日限定。
100年目にむけて

明治後期~昭和初期ごろに「酒場おでん」というジャンルが全国に勃興しましたが、「江戸中」のおでんは、勃興当時の気配を感じさせる数少ない店のひとつだと思います。いらっしゃるお客さまの6割は県外からで、4割が地元の常連さん。若い方も意外と多く、観光で秋田にいらしたときに「秋田・おでん・老舗」などで検索して、店をみつけてくださるようです。
店構えや、おでんの味に驚き、とても喜んでいただいていますが、自分も父や祖父も、90年以上ただただ同じことを積み重ねてきただけ。もちろん改良を加えるつもりはありません。自分の代も、あと30年ぐらいはいけるかな。
※メニューや写真は取材時のもの、また季節によって提供する種ものは異なります。
編集後記
江戸中さんと同じ時間さつま揚を煮たところ、フニャフニャで味が抜けたものに。一方、江戸中さんのものは歯ごたえもあり、さつま揚自体の風味も感じられるもの。冷ます手法など江戸中の技法はとても真似ができるものではありません。これぞプロの味、無双の腕前を拝見しました。
プロフィール
長崎功紀(ながさき・こうき)
