おでん応援団

山口恵以子

(作家)

「食堂のおばちゃん」の愛称で知られる作家の山口恵以子さん。社員食堂で働いていた経験を生かした小説『食堂のおばちゃん』や『婚活食堂』など、飲食店を舞台にしたハートフルなストーリーが人気です。そんな山口さんは「おでん」が大好き。『婚活食堂』の舞台もおでん屋さんです。文中には《グラスに樽酒を移して、早速一口呑んだ。「ええと、おでん。大根と白滝、つみれ、牛スジ。それと葱鮪」(『婚活食堂1』より)など、おいしそうなおでんが登場します。『婚活食堂(PHP研究所刊)』は23年11月現在でシリーズ累計34万部を超えました。※『食と酒シリーズ』は100万部。

でんに心ひかれる理由

私の小説『婚活食堂』の舞台は、東京・四ツ谷のしんみち通りにある「めぐみ食堂」という小さなおでん屋さん。元・人気占い師だった主人公の恵(めぐみ)が新しい人生としてたったひとりで再スタートするのに「おでん」は始めやすいと思ったからです。具材は買ってくればいいし、前もって煮ておけるので、お客が多くなってもあたふたしなくてすみます。私も作家になる前はなじみのおでん屋で飲んだくれていたので、時間がゆっくりと流れるあの穏やかな空間はよく知っていました。

読者向けに『婚活食堂』にサインをする山口さん

読者向けに『婚活食堂』にサインをする山口さん

のおでん遍歴

『婚活食堂』の舞台となる四ツ谷・しんみち通り

『婚活食堂』の舞台となる四ツ谷・しんみち通り

私がむかし通ったおでん屋は、銀座と新橋の境界線のアーケード内にある『※銀座九丁目』というお店。そこで「葱鮪」「牛すじ」「つみれ」の魅力にハマりました。今でも当時の値段を覚えているくらい通いました。そして、おでんに合うお酒といえばやっぱり「燗酒」。最近、家で飲むときはハイボールが多くなりましたが、お店でおでんをいただくときは日本酒に限ります。銘柄だと福島の「飛露喜(ひろき)」が好きです。一方、『婚活食堂』の舞台となる四ツ谷のしんみち通りも、私がプロットライターの勉強をしていたときに通っていた場所です。その通りでもずいぶん飲んだり食べたりしました。 ※現在は新橋5丁目に移転

員食堂のおでん

社員食堂で働いていた頃

社員食堂で働いていた頃(写真提供:山口恵以子さん)

作家を目指して小説を書いていた時期、生活のために丸の内新聞事業協同組合の社員食堂で働いていました。築地に食材を買いに行ったり、旬で安いものをいかに購入するか、素材をどのように調理して飽きられない定食に作り上げるかなど、そこで培ったことが、その後の『食堂のおばちゃん』などで生きています。私が社員食堂の主任になったとき、メニューに「おでん」を加えました。食べに来る社員にもおでんは大人気でしたよ。そこで知ったのですが、おでんは大きな鍋で煮るとよりおいしくなります。そのときのクセで、自宅でおでんを作るときも大量になってしまいますね。

の小説はおでん鍋

おでん屋台

小説家というのは「人生すべてネタ」だと思っています。これまでおでん屋や居酒屋で飲んで食べて見てきたものすべてがネタ。社員食堂で働いていたのも、お見合い43連敗も今となってはネタです。良い経験も悪い経験もみんなネタ。お酒でずいぶん失敗もしましたが、それもネタ。小説家の人生に失敗はありません。笑ったこと、泣いたこと、それらがおでんの具のように一つの鍋に集められ、煮込まれて作品となるのです。

紙カバーも「おでん」

2023年11月発売の『婚活食堂10』では、餅巾着の中身にトマトとチーズを入れた「トマトおでん冬バージョン」などユニークな料理が登場します。

「すべて私が実際に食べ歩いておいしいと思ったものばかり。」表紙を飾るイラストには今回もおいしそうな料理が描かれています。

『婚活食堂』表紙カバー

口家のおでん

山口家のおでん

私のおでんは飾らない家庭の味です。大根は面取りせず大ぶりに切り、だしをとった昆布も具材としていただきます。練りものでは「魚河岸あげ®」と「生ちくわ」が大好きです。とくに紀文の生ちくわ「竹笛®」は大好きで、子どもの頃はカフェオレのお供でよく食べていたものです。

山口さんの好きな「魚河岸あげ®」「大根」「こんにゃく」

山口さんの好きな「魚河岸あげ®」「大根」「こんにゃく」

アル「恵食堂」

リアル「恵食堂」

日本橋に「ささのま」という小料理屋さんがあります。『婚活食堂』の舞台であるおでん屋「恵食堂」の女将の恵にそっくりな店主が営んでいるからと、知人に紹介され訪れたところ、本当にそっくりでした。お顔だけでなく、お店のたたずまいまで似ていて本当に驚きました。それ以来、ささのまの女将さんの作る心のこもったお料理が好きになり、度々訪れています。

山口恵以子(やまぐち・えいこ)作家

脚本家を目指し、プロットライターとして活動。その後、丸の内新聞事業協同組合の社員食堂に勤務しながら、小説の執筆に取り組む。2007年『邪剣始末』で作家デビュー。2013年『月下上海』で第20回松本清張賞受賞。主な著書に「食堂のおばちゃん」シリーズや『婚活食堂』などがある。