おでんに心ひかれる理由
私の小説『婚活食堂』の舞台は、東京・四ツ谷のしんみち通りにある「めぐみ食堂」という小さなおでん屋さん。元・人気占い師だった主人公の恵(めぐみ)が新しい人生としてたったひとりで再スタートするのに「おでん」は始めやすいと思ったからです。具材は買ってくればいいし、前もって煮ておけるので、お客が多くなってもあたふたしなくてすみます。私も作家になる前はなじみのおでん屋で飲んだくれていたので、時間がゆっくりと流れるあの穏やかな空間はよく知っていました。
私のおでん遍歴
私がむかし通ったおでん屋は、銀座と新橋の境界線のアーケード内にある『※銀座九丁目』というお店。そこで「葱鮪」「牛すじ」「つみれ」の魅力にハマりました。今でも当時の値段を覚えているくらい通いました。そして、おでんに合うお酒といえばやっぱり「燗酒」。最近、家で飲むときはハイボールが多くなりましたが、お店でおでんをいただくときは日本酒に限ります。銘柄だと福島の「飛露喜(ひろき)」が好きです。一方、『婚活食堂』の舞台となる四ツ谷のしんみち通りも、私がプロットライターの勉強をしていたときに通っていた場所です。その通りでもずいぶん飲んだり食べたりしました。 ※現在は新橋5丁目に移転
社員食堂のおでん
作家を目指して小説を書いていた時期、生活のために丸の内新聞事業協同組合の社員食堂で働いていました。築地に食材を買いに行ったり、旬で安いものをいかに購入するか、素材をどのように調理して飽きられない定食に作り上げるかなど、そこで培ったことが、その後の『食堂のおばちゃん』などで生きています。私が社員食堂の主任になったとき、メニューに「おでん」を加えました。食べに来る社員にもおでんは大人気でしたよ。そこで知ったのですが、おでんは大きな鍋で煮るとよりおいしくなります。そのときのクセで、自宅でおでんを作るときも大量になってしまいますね。
私の小説はおでん鍋
小説家というのは「人生すべてネタ」だと思っています。これまでおでん屋や居酒屋で飲んで食べて見てきたものすべてがネタ。社員食堂で働いていたのも、お見合い43連敗も今となってはネタです。良い経験も悪い経験もみんなネタ。お酒でずいぶん失敗もしましたが、それもネタ。小説家の人生に失敗はありません。笑ったこと、泣いたこと、それらがおでんの具のように一つの鍋に集められ、煮込まれて作品となるのです。
表紙カバーも「おでん」
2023年11月発売の『婚活食堂10』では、餅巾着の中身にトマトとチーズを入れた「トマトおでん冬バージョン」などユニークな料理が登場します。
「すべて私が実際に食べ歩いておいしいと思ったものばかり。」表紙を飾るイラストには今回もおいしそうな料理が描かれています。
山口家のおでん
私のおでんは飾らない家庭の味です。大根は面取りせず大ぶりに切り、だしをとった昆布も具材としていただきます。練りものでは「魚河岸あげ®」と「生ちくわ」が大好きです。とくに紀文の生ちくわ「竹笛®」は大好きで、子どもの頃はカフェオレのお供でよく食べていたものです。
リアル「恵食堂」
日本橋に「ささのま」という小料理屋さんがあります。『婚活食堂』の舞台であるおでん屋「恵食堂」の女将の恵にそっくりな店主が営んでいるからと、知人に紹介され訪れたところ、本当にそっくりでした。お顔だけでなく、お店のたたずまいまで似ていて本当に驚きました。それ以来、ささのまの女将さんの作る心のこもったお料理が好きになり、度々訪れています。