~おでんデータから読解く日本 Ver.8~


あるある学1回目から7回目では、牛すじとかまぼこ、鶏肉とクジラの不思議な関係、南九州豚肉ロード、じゃがいもや春菊の話を紹介し、さらに、東西の鍋料理とおでんの関係を筆者の推測を交えてお話しました。

今回は出汁と昆布の話をいたします。


おでん屋さん巡り 30年間で一番驚いたこと


東日本の筆者が一番驚いたことは、関西の人がおでんの昆布を食べることが少ないということです。

おでん屋さん巡りを始めたばかりの頃、生まれも育ちも勤務地も関西という人(カラオケの十八番はやしきたかじんさんの唄)に、連れていってもらった秋冬期だけおでんを供する居酒屋で、昆布を発注しようとしたら、その関西の人に「昆布あるわけないやろ。昆布は出汁をとるもんや!出汁をとった昆布なんか食えるか」と言われました。

思わず、「おでんを作る時に出汁をとった昆布は食べるでしょ、もったいない」と返答しました。
しかし、その時、自分でも、おでん以外の料理で出汁をとった昆布は食べないなぁと思いながらでしたが、、。

※この疑問はずっと消えず、その後、ご面談いただいた識者(大学の先生・料理人・料理研究家など)に、チャンスがあれば、おでんと出汁の関係を伺うという活動に繋がることとなり、今回はそんな話も交えて進めていこうかと思っています。



昆布は関西のおでん専門店にあるのか?


おでん屋巡りの続き。
では、「昆布はおでん専門店にも無いのか?」と質問したところ、おでん専門店に行こうということになりました。

その時は数件しか訪問できませんでしたが、昆布のあった店、無かった店がありました。各店主の方々とも「あまり数量が出るものではない」とのことでした。

また、出汁も、「昆布とかつお節の合わせ出汁」「昆布のみ」「かつお節のみ」といろいろでした。

その後、数年に一回のペースで、関西でおでんを食べますがあまり状況は変わらなかったというのが印象です。



おでんに入れる海藻類


わかめ、昆布

 


おでんに入れる海藻類は、主に昆布です。かんぴょうで結ぶタイプはコンビニエンスストアでよくみられます。

わかめを供するのは主に専門店で、おでん汁で生わかめをさっと温めて生姜をかけていただくメニューなどを食したことがあります。

わかめのすじを結束したものは、ネットで話題になったので試食してみましたが、シャクシャクとした食感で、昆布や生わかめと異なった味わいを感じおいしくいただきました。


家庭のおでんに「昆布」を入れる 県別ランキング :西高東低


前述の生粋の関西人の「おでんの昆布なんか食えるか」は言い過ぎだとしても、家庭でも昆布の用意率は西日本が低いのが実情です。

では、2023年の調査データをみてみましょう。用意率は30.6%でした。※調査概要はこのページの一番下に記載

1位から10位は、福島県、山形県(58.6)、新潟県(58.3)、宮城県(57.1)、沖縄県(56.0)、群馬県、東京都(55.3%)、神奈川県(54.3)、千葉県(51.5)、長野県(50.0)となります。

20位以内をみても5位沖縄県・16位島根県・18位山口県・20位高知県以外は東日本が占めます。

これとは逆に、31位から47位は愛知県を除き西日本が占め、下位10県は福岡県、熊本県(16.7)、広島県(15.0)、愛媛県(14.9)、鹿児島県(14.6)、奈良県(14.3)、愛知県(12.9)、兵庫県(10.9)、大阪府(6.5)、和歌山県(6.4)になります。


昆布ランキング

<沖縄県が5位の理由>


沖縄県が5位に入るのは、5回目のあるある学で紹介した通り、沖縄では、豚肉との組み合わせが人々の嗜好にあい、独特の風土料理をつくりあげたこと、また、江戸時代から中国の清との交易で昆布が流通していたため、出汁をとることをはじめ、ソーキ(豚肉の三枚肉)の煮物など昆布を使った料理が数多く存在します。

5回目のあるある学 豚肉 の話はこちら


沖縄料理

昆布の入った沖縄料理


本年の2月の聞き取りなど


本年2月に関西の居酒屋おでんの中の春菊パトロールをした時に、関西の友人に改めて聞いてみました。

関西では「家庭でおでんをつくる時、出汁用ではなく種ものとして食すために昆布を入れる方は少数派なのでは。昆布は出汁をとるもの考えている人が多いと思う。また、自分自身は、市販の汁の素や白だしのようなものを使うことが多くなった」とのことでした。

また、居酒屋おでんの中の春菊パトロールをした時に、昆布もあるか一緒にみましたが、ありませんでした。
黒門市場のテイクアウトの3店のおでんも同様でした。両方ともおでん専門店ではないので、品揃えを絞ると思うので昆布を置かないかもしれませんね。


日本に生息する 魚の種類 昆布の種類


先回紹介しました、国立科学博物館主催の「和食展」の話の続きをします。

日本列島が育む食材を紹介するブース内の、日本で食されている魚のコーナーには小さいものはイワシから大きいものでマンボウまで実物標本が、海藻の標本コーナーには長さ16mの昆布が展示してあり、とても迫力がありました。


魚の種類(国立科学博物館「和食展」の資料より)

日本には約400種類(亜種を含む)の汽水・淡水域に生息する魚類も含めると約4,500種類の魚類が生息し、世界有数だそうです。


海藻の種類(国立科学博物館「和食展」の資料より)

海藻は世界中に分布し、約2万の海藻があり、日本には1,500種類が生息する。また、食用とする国は多くはなく、東アジア、南米、ハワイなどで数種が食べられているのに過ぎず、日本では30種に達する海藻が食材として流通しているそうです。


なぜ、日本には魚介類や海藻の種類が多いのか?


日本は、四方を海に囲まれ南北に長く、寒流と暖流で海域を形成し、世界一深いマリアナ海溝をも属することから、魚や海藻の種類も多く、古代からの海の恵みを食してきました。


先人たちの知恵


先人たちはたくさんの種類の海産物を煮る・焼く・蒸すといった調理方法でだけでなく、各々の海産物の特徴を活かし、越冬時や飢饉の時に備えるため、また遠方へ運ぶため、保存可能な伝統食品を生み出します。

様ざまな発見や工夫から生まれた、乾燥品の海苔・するめ、塩蔵品のたらこ、発酵食品の塩辛、調味加工した佃煮などの魚加工品は、現代の私たちの生活に欠かせないものとなっていますね。


伝統食品

伝統食品


和食文化の形成や発展に寄与した伝統食品


昆布とかつお節

 


その中でも和食文化の形成や発展に寄与したものが、「出汁」の素材として用いられる、乾燥品のかつお節や昆布ではないでしょうか。

かつお節も昆布も、奈良期や平安期の古文書に献上品や租税品として記されるほど尊ばれてきました。


なぜ出汁が発展したのか


おでんと出汁の関係を民俗学者の神崎宣武さんに伺った時、出汁がこれほど普及したのは、古代から調理法が焼くことでも揚げることでもなく、「煮る」ことを中心に発展したからと教えていただきました。

肉食が禁じられた以降は、野菜と魚が料理の主たる材料で、魚を煮るには出汁は必要ではないが、冷蔵流通網が発展していない地域では野菜が中心のおかずにならざるを得ない。水で煮ただけではうま味が欠けるので、出汁で煮て、塩・しょうゆ・みそで味付けをするようになったということでした。


昆布ロード


話を昆布に戻します。

昆布はもともと北海道や宮城県以北の寒い地方の食べ物です。

江戸中期になると、日本海沿岸各地を経由する「北前船」によって、昆布などの北海道の食材が「天下の台所」大阪まで運ばれ、さらに薩摩から琉球を経て中国まで届けられていたそうです。
昆布が生育しない沖縄に昆布料理が根付いているのもこのためだとか。


京都の料亭での出汁と昆布


昆布ロードを経て大阪に入荷した昆布は、関西ではなくてはならない存在となり、日本料理の発展に大いに寄与することになります。

食専門の出版社の声掛けで発足した「京都の料亭の勉強会」の記事の企画や原稿執筆に携わった、鎌倉女子大学名誉教授 成瀬宇平さんから、2000年に行った企画で、「各料亭が昆布とかつお節からとる出汁の違いを測定した。料亭ごとにうま味成分の違いがありどの料亭も出汁は生命線のように考えているんだよ」と教えていただきました。

2017年、上記勉強会の中の料亭の常務取締役を務める、堀千佐子さんが主催する料理教室がありました。出汁がテーマだったので、成瀬さんの話をしたところ、「その通り。特に昆布については京都の料亭は並々ならぬ品定めをする、味が濃く香りも高い透明な澄んだ出汁がとれる利尻昆布を使うところが多い」と説明していただました。


昆布を入れるご家庭が減少している その要因は?


23年の「全国:家庭のおでんに入れる種ものランキング」では昆布は15位でした。※調査概要はこのページの一番下に記載

上位から、ちくわ、大根、玉子、さつま揚、こんにゃく、餅入り巾着、ごぼう巻、厚揚げ、はんぺん、がんもどき、牛すじ、ウインナー、白滝、豆腐・焼き豆腐、昆布となります。

県別にみると東京都では9位、大阪では26位でした。


<出汁のとり方を調査した年度で、家庭でおでんでの昆布ランキングを比較>


紀文では、94年から発行している「報道用資料 鍋白書」用に、鍋やおでんの調査を実施しています。

現在は、開始当初に比べ、調査対象県や調査項目が増えています。また、毎年、単発でヒアリングする項目もあります。
以下は、出汁のとり方を調査した年度で、家庭で入れる種ものランキングを比べてみました。

調査対象県も選択肢も若干異なるので単純比較はできませんので、以下は参考データとして紹介します。

東京都の家庭で入れる種もので昆布:96年3位、18年9位(96年と比べ ↓)
大阪府の家庭で入れる種もので昆布:96年12位、18年20位 (96年と比べ ↓)

東京都の家庭で市販の出汁を使わず自分で出汁をとる比率:96年59%、18年32%(96年と比べ ↓)
大阪府の家庭で市販の出汁を使わず自分で出汁をとる比率:96年73%、18年40%(96年と比べ ↓) 


<この結果から見えることを考えてみました>


昆布の用意率を整理すると、
東京都は96年3位、18年9位、23年9位で、大阪府:96年12位、18年20位、23年26位という結果になります。
約30年で、東京都はベストスリーから辛うじて10位以内に踏みとどまる、大阪府では20位以内から転落ということになります。

この結果から、家庭のおでんの出汁は市販品が増えたので、昆布の用意率が少なくなったとも推測もできます。
すなわち、昆布で出汁をとらなくなったからでしょうか?

しかし、新顔おでん種である「ウインナー」「鶏団子」などの台頭、一世帯あたりの人数が減少したにも関わらず料理に掛ける費用はあまり増加していないので用意する種類が減った、調理時間を短縮する傾向があるので乾燥昆布を戻したり昆布が煮えるまでの時間が嫌だといった要因も考えられるので、一概には言えませんが、、。


関東と関西のおでんのレシピを比べると


関西の料理教室や料理家のおでんのレシピに材料に、出汁としての昆布が入っていても、出来上がりのおでん鍋の写真には昆布は無いことが多いです。

これとは逆に、関東の料理教室や料理家のおでんのレシピに材料に、出汁として昆布が入っていた場合は、出来上がりの料理写真に昆布が乗っていることもあります。

このことを、東京都出身で東京都在住の料理研究家の渡辺あきこ先生に伺ったところ、「自分は出汁の昆布を食してもらうレシピが多い」とのことでした。


昆布の入った例として、秋田風おでん


写真は、秋田市内の老舗のおでん屋さん、ドライブイン、秋田県を中心に活動されているタレントバリトン伊藤さんの知り合いである飲食店オーナーのご自宅のおでん、スーパーの惣菜コーナーのおでんを参考に、紀文で再現した秋田風おでんです。

土地柄、白こんにゃくが入ることも多く、山菜を供する専門店もあります。


秋田風おでん

 


東京 銀座のおでん店の昆布


写真は、あるある学のじゃがいもの回で登場したおでん専門店のおでん鍋です。

出汁には、「日高」「羅臼」「真昆布」3種の昆布を使い、お店の営業中は鍋の底に沈めておでん汁に深みをでるように工夫し、お客さまに召し上がっていただく昆布はやわらかい「竿前昆布」を使用するそうです。
江戸っ子でおでん専門店3代目店主の方は「出汁だけなく、種ものとして昆布はなくてはならない存在です」とお話くださいました。

6回目のあるある学 じゃがいもの話はこちら


ほろばしゃのおでん

 


最後に


あるある学7回目の春菊の回で説明したように、関西の鍋料理は、「てっちり(ふぐ)」「湯豆腐」のように昆布だしを使ったすっきりとした味わいのものが多く、春菊や水菜などが利用されます。
あるある学7回目 春菊の回はこちら(東西の鍋料理の話はページの下の方にあります)

関西の方が、鍋料理にみられるように昆布だしを愛するが故に「出がらしとなった昆布」を食べないのか、また、出汁を取らなくなったから昆布を食べないのかは判定できません。
 
30年前のおでん屋巡りに端を発した「おでんの昆布を食べることと出汁の関係性」」という疑問ですが、筆者自身、正直、ピタリとはまった結論を得られていないのが実情です。
30年で、共働きの増加、世帯人数の減少といった社会的背景から、調理時間に要する時間の減少、調理済み食品の購入増加など食環境は大きく様変わりしました。

よって、単発の調査データからは結論付けが難しいと考えます。本年は、18年に実施した「家庭のおでんにおける出汁のとり方」を再度調査して、分析を加えたいと思っています。


《調査概要》
<紀文・47都道府県 家庭の鍋料理調査2023>
■調査日程:2023年7月28日〜8月4日
■調査手法:インターネットによる回答
■調査対象:20代〜50代以上の既婚女性4,700人
■各都道府県100人(各20代25人、30代25人、40代25人、50代以上25人)
■調査機関:株式会社マーケティングアプリケーションズおよび株式会社紀文食品
※おでん種の地域分布図(日本地図)は、上記調査の回答者の内、『昨年の秋冬(2022年9月から2023年2月の間)に、「おでん」をご家庭で作って1回以上食べた方』:1,993人の集計値です。