- おでんは「おかず」か──麺類と共に並ぶ存在
- 讃岐うどんとセルフおでんの風景
- 昼も夜も おでんは常食?
- 福山におでんの境界線は無い?
- 和歌山 ラーメン、寿司、おでんの三位一体
- ラーメン屋で親しまれる富山のおでん
おでんは江戸期の煮売りに始まり、屋台を経て居酒屋へ、そして昭和の街角ではコンビニのレジ横に並ぶようになりました。おやつとして、おかずとして、酒の肴として、誰かの隣に、何かの合間に──静かに寄り添いながら、いぶし銀のような魅力を放ち続けています。静岡の駄菓子屋で、串に刺された種ものを子どもたちが手に握っているおでんの風景は、その象徴のように思えます。
知人たちとおでん談議になると、それぞれの記憶の扉が次々と開いていきます。プールの帰り道や海水浴場の売店、流しそうめん店の片隅、野球場のスタンド、ゴルフ場の休憩所、スキー場のロッジ、ドライブインの窓辺、文化祭の屋台、ラーメン屋やうどん屋──おでんは集いやレジャーの合間、あるいはそっと寄り添う軽食として、思い出の中に佇んでいます。レトルトおでんが富士山の山小屋でも提供されていると聞きます。冷え切った空気の中で登山者の体と心を温めているなら、それは大変嬉しいことです。
おでんは「おかず」か──麺類と共に並ぶ存在
かつて「おでんはおかずか、それとも主食か」という議論が盛り上がったことがありました。「おかずにはならない」と答える方も少なくありませんでしたが、筆者は声を大にして申し上げたいのです。「おでんは立派におかずです。それも、うどんや焼きそば、ラーメンの隣に並ぶおかずです」と。
麺類との関係を見渡すと興味深い事例がいくつもあります。例えば九州発祥の「資さんうどん」が東京に進出した際、テレビではうどんに並んでぼた餅やおでんが提供される様子が繰り返し報じられました。知人たちも「うどん屋さんにおでんがあるなんて驚き」と報告してくれました。
関東圏にも、そば屋やうどん屋でおでんを出す店は多くありますが、うどん店でおでんがサブメニューのトップに据えられることは、知人らにとって文化的な境界線を少し越える体験として印象に残るようです。全国を見渡すと、麺類を提供する店におでんが並んでいる光景は珍しくなく、日常の一風景として定着していることが分かります。
讃岐うどんとセルフおでんの風景
「讃岐うどん店にはセルフおでんがある」という業界の常識を確かめに、真夏の高松市(香川)を訪ねました。うどん店の片隅に当たり前のように置かれたおでん鍋。客は自分で種を取り、会計時に支払います。煮込まれたおでん種の香りがうどんのだしと混じり合うと、素朴でどこか懐かしく、安心感のある光景になります。
ホテルのフロントで「近くのうどん屋におでんはありますか」と尋ねると、「うどん屋だけでなく、昔ながらの中華そばを出すラーメン店にもあります」との答えが返ってきました。タクシー運転手さんからは「夕方にうどん屋が閉まるので、夜はラーメン屋でおでんを食べることもありますよ」と教わりました。讃岐では、外食の時間によって選択する麺の種類が違うようです。昼はうどん、夜はラーメン。そしておでんはいつでもそばにいて、讃岐の食卓を彩っているのです。


昼も夜も おでんは常食?
夜になって、高松市の繁華街を歩いてみると、徒歩10分圏内にいりこだしが自慢の女将さんが営む店、白みそ煮込み仕立てなど色々なおでんを供する店が7軒もありました。市内の源平合戦で有名な屋島山頂には名物の「飯蛸おでん」もあります。
うどん屋の数には及びませんが、それでもおでん店の密度は驚きです。高松の方々は時間や季節を問わずおでんを食べる。それはもう、常食というより生活の一部というような気がしました。
福山におでんの境界線は無い?
高松市からの帰路、中国地方では珍しい味噌を添えて食べるのおでんを目当てに、福山市(広島)にある昭和24年(1949)創業「自由軒」を訪れました。洋食とおでんの二枚看板の店で、オムライスを頬張るサラリーマンや、おでんと白和えで晩酌を楽しむ常連で賑わっていました。
これに並んで興味深かったのは、市内各所に散見される「関東煮」と呼ばれる串に刺した豚モツと牛の肺を甘辛く煮込んだ土手煮に近い料理。
地元の方に話を伺うと、この土手煮タイプの関東煮は、高松市と同じで、福山市でもラーメン屋、焼きそば屋、府中焼き(広島風お好み焼きのひとつ)屋のおでんを提供する店で見られるそう。しかも、そのおでん鍋の中には土手煮風の関東煮が混在しているところ、別の鍋で土手煮の関東煮を炊いているところもありました。こうなると、おでんなのか、土手煮風の煮込みなのか境界線がわからなくなります。
福山市の繁華街では、澄んだ関西風汁のおでん屋さんも多く、焼き鳥が看板料理の居酒屋ではつくねのスープでおでん汁に転用するという唯一無二のスタイルで繁盛していて、自由軒のように、長く愛される店になること間違いなしです。
福山のおでんは、味噌付けおでん、関東煮(もつ)、関東煮(おでん)、関西風おでん、鶏だしと、その境界は曖昧でありながら、そのふり幅で確かに地元の人々の舌を魅了しているようです。
和歌山 ラーメン、寿司、おでんの三位一体
和歌山県の「なれずし」は、日本三大なれずしの一つとされ、郷土料理として広く知られています。発酵による深い旨味が特徴で、古くから保存食として親しまれてきました。さらに、めはり寿司やサンマ寿司など、地域に根ざした寿司文化も豊かで、海と山に囲まれた和歌山ならではの先人の知恵が感じられます。
和歌山市内の中華そば屋などでは、ラーメンに加えて、名物の早寿司があります。ラーメン屋で寿司が並ぶだけでも驚きですが、さらにおでんまでもが寿司と一緒に並ぶ店があります。すべての店におでんがあるわけではありませんが、昔ながらの雰囲気を残す店では、「ラーメン+寿司+おでん」という食のスタイルが定着しており、まるで小さな食堂のような温かさを感じさせます。

おでん鍋が常連客を迎え、ラーメンを待つ間に寿司をつまむ。そんな光景には、地域の人々の暮らしに寄り添う優しさと、和歌山の食文化が凝縮された、ひとつの小さな世界が広がっているのです。
ラーメン屋で親しまれる富山のおでん
富山駅のほど近く「ブラックラーメン」で有名な昭和24年(1949)創業の老舗「まるたかや」。各テーブルに置かれたメニュー表はおでんだけで1ページを割くほど力を入れているようです。
おすすめ盛り合わせでは、大根、玉子、こんにゃくといった定番の種ものに加えて、富山ならではの「すす竹」や「白えび入りつみれ」も並び、仕上げにとろろ昆布をかけたものが提供されます。(2024年の訪問時)
平成21年(2009)には「富山おでん会」が発足し、地元のすり身業者や飲食店が協力して、おでん文化を広める活動が始まりました。ラーメン店もその一員として、観光客に富山の味を伝えており、ご当地ラーメンとおでんの組み合わせは、地元の人にとっては日常の一部になっています。
富山のラーメン店は、夜営業の店が多いのも特徴です。仕事帰りに立ち寄って、食事と晩酌の両方に対応できるスタイルが、この街の食文化を形づくっているのかもしれません。
麺のそばに、おでんがある町
讃岐、福山、そして富山。麺のそばに、そして人々の暮らしの中に、おでんがありました。地元の方に旅の目的が「おでん」だと話すと、少し驚かれることがあります。しかし、筆者にとって、おでんはその土地の日常に触れるための扉のような存在です。鍋の向こうには、その町の生活風景が見えてくる。そして、そこに「麺」という料理が加わることで、またひとつ新しい暮らしのかたちが浮かび上がるように思うのです。
