~おでんデータから読解く日本 Ver.12~


あるある学1回目から8回目は、西日本のおでんにフォーカスし、豚肉やクジラの話、和食と昆布の話、東西の鍋料理とおでんの関係性などの話を紹介してきました。

9回目から11回目は、フォーカスする場所を東日本に移し、愛知県と岐阜県の味噌とおでんの関係、静岡県のおでんを紹介しました。

この連載の1回目で、「中四国・九州地方では、おでんに牛すじを入れることにより調理時間が長くなり、かまぼこを入れるようになったのでは?」という筆者の考えを述べたところ、読者の方から詳しく知りたいとのご要望がありました。

今回はこの質問に対して、調理時間のデータ、おでん種の用意率のデータ、かまぼこの構造写真などを用いて説明をしたいと思います。※データについてはこのページの最後に《調査概要》を記載。

1回目の記事はこちら


西日本のおでんは、昆布に肉の旨味をプラスしたおでん汁が特徴


まずは、江戸期の頃から顕著になったとされる関西と関東の味付けの違いから。

だし汁を、関西では「(お)だし」とも呼び、昆布を主役にカビつけしない「荒節」と言われるかつお節を加えてだしを引き、醤油は風味づけ程度の比較的淡い味を良しとする文化が広まったとされています。

一方、関東ではだし汁を「(お)つゆ」とも呼び、カビつけした「本枯れ」と言われるかつお節の華やかな風味に合わせるため醤油でしっかりと味をつけ、せっかちな江戸っ子の気風に合わせて手早く調理することが広まったと言われています。

そして、本題のおでん。西日本では、牛すじをおでん種として食する他、だしとしてその風味を重用します。他の肉類でもこの傾向は見受けられ、京阪地方ではクジラが統制品になるまではクジラがたくさん入っていたそうで、現代ではクジラの代わりに鶏肉を入れる家庭もあります。また、南九州地方では豚肉が入り、同じくおでん種や旨味としても活用しています。

このように、牛のすじ・コロ(クジラの背皮)・鶏の手羽先・豚のスペアリブなど各肉類でも味がしみ込みにくい部位を使用すること、さらに、関西では昆布の持ち味を活かし素材の味を引き出すためにじっくりと調理する食文化が根底にあることから、西日本は東日本に比べておでんの調理時間が長くなると思われます。

また、西日本のおでん専門店では、肉類に味がしみ込むように、おでん鍋の火力が比較的に強い店舗も見受けられます。このことは関東の鶏だしのおでん専門店でも散見されています。

そのため、煮込んでも身崩れしにくいおでん種が利用されることが多く、練りものでは弾力の強いかまぼこが用いられるのではと推測されます。


江戸っ子を代表する食べ物 蕎麦 【国立国会図書館デジタルコレクション】絵本八千代草 / 鈴木春信 画 /明和5 (1768) 年

江戸っ子を代表する食べ物 蕎麦 【国立国会図書館デジタルコレクション】絵本八千代草 / 鈴木春信 画 /明和5 (1768) 年


家庭のおでんの調理時間


次に調査データから。東西で調理時間の長さにどれ位の差があるのでしょうか?

各県の調理時間(下ごしらえを除く)は以下の通りとなります。平均時間は60.3分で、東日本の平均は48.4分、西日本の平均は約1.5倍の72.1分となり東西では23.7分間の差があります。


家庭のおでん 調理時間 全県 帯グラフ

 
さらに上位20位をみても、西日本が独占していることがわかります。
 


家庭のおでん 調理時間 ベスト20

調理時間の東西の境界線はフォッサマグナと関係性あり?


都道府県数は47県なので、中間順位の21位から30位をみてみましょう。

21位:福井県63.5分、22位:愛知県59.3分、23位:神奈川県58.1分、24位:静岡県57.1分、25位:滋賀県56.5分、26位:徳島県55.6分、27位:岐阜県53.6分、28位:富山県・長崎県53.5分、30位:群馬県52.1分となります。

この21位から31位の10県を眺めてみると、その羅列は北側の新潟県を除けば、日本列島の大地溝帯と呼ばれる「フォッサマグナ(下のイラスト参照)」に関係があることがわかります。

10県のうち、フォッサマグナ内に位置するのは神奈川県、静岡県、群馬県の3県で、フォッサマグナの周辺県として西側の境界線「糸魚川~静岡線」の付近の愛知県、富山県、岐阜県が挙がります。


フォッサマグナの図

地図の出典元:フォッサマグナミュージアム(新潟県糸魚川市)

同ミュージアムの「フォッサマグナと日本列島」のページはこちら


食文化の境界線


この他、フォッサマグナ及び周辺には境界線が複数あるそうで、紀文が扱う商品カテゴリーを例にとっても、「蒲焼き」を作る時、焼く前に蒸すか蒸さないか浜名湖を超えたあたりが境。

さらには「肉の中華まんじゅう」の呼び方を肉まんか豚まんかの境と、「おせちの年とり魚」はサケかブリかの境はフォッサマグナの西側の方の境界線近くであることは有名な話ですね。

『おせちの年とり魚(正月と魚 ~ハレの日の家庭の食文化)』の詳細はこちら


肉の入った中華まんじゅう

これまで、おでん種、おせち料理単品、雑煮の具などの東西の差といった話は公式サイトなどで紹介してきました。

『おでんの具と地域性』のページはこちら

調べていくと、食以外でも灯油貯蔵用のポリタンクの色は東が赤で西が青など、これ以外にもフォッサマグナ及び周辺には境界線があるそうです

今回、ご質問がきっかけとなり改めて調理時間の順位を鳥瞰してみました。結果、モノだけでなく調理時間といった行動までもがフォッサマグナと関連性があるとは驚きでした。

「ブラタモリ(NHK放送協会)」ならぬ、おでんの消費者アンケートやおでん店巡りの「ブラおでん」の積み重ねで小さな小さな発見が出来た気がします。


赤と青のポリタンク

 


家庭のおでんで牛すじを入れる県


では、データに戻りましょう。下の地図は、家庭のおでんに牛すじを入れる県を上位から47色で表現したものです。はっきりとした西高東低で調理時間のデータと近い傾向がみてとれます。


家庭のおでん 牛すじを入れる 47色の地図

ベスト20をみても、西日本の県が独占していることがわかります。


家庭のおでん 牛すじ ベスト20

家庭のおでんにかまぼこを入れる県


以下地図は、牛すじと同じようにかまぼこの順位を47色で表現したものです。牛すじほどでないものの西高東低であることが一目瞭然で、中四国と九州が高いことがわかります。


家庭のおでん かまぼこを入れる 47色の地図

ベスト20をみると、ベスト10を西日本の県で占め、11位以下にも熊本県、高知県、徳島県、岡山県がランクインし、中四国・九州地方が多いのがわかります。

東日本の県として11位に石川県、13位に富山県が入るのは、赤いすり身と白いすり身で渦巻模様を表現した「赤巻き」というかまぼこが入るためと推測されます。


家庭のおでん かまぼこ ベスト

おでんに用いられる練りもの 用意率に東西の隔たり


もともと、練りものは地場の魚で作る伝統的な保存食品として発展してきました。

よって、瀬戸内発祥と言われる「じゃこ天」、関東発祥と言われる「つみれ」のように食す地域に偏りが出るものもあります。

おでんに入る練りものの内、「ちくわ」や「さつまあげ」は利用率で東西の偏りはみられませんが、「かまぼこ」は調理時間の長い西日本で多く利用され、「はんぺん」は調理時間の短い東日本で利用されることが多いです。


「かまぼこ」と「はんぺん」の内部構造の違い


では、「かまぼこ」と「はんぺん」の断面図をみてみましょう。

写真は電子走査顕微鏡で撮影したもので、内部の構造が大きく異なることが確認できます。(写真上:かまぼこ、写真下:はんぺん)


かまぼこ 電子顕微鏡
はんぺん 電子顕微鏡

写真の通り、かまぼこは気泡が少なくたんぱく質線維が密に絡まった構造であり、網目になった構造が弾力あるしなやかな食感に関与します。このように線維が密になっているので中に水分や気体が入りにくくなるので煮込み耐性が強く煮崩れしにくくなることが考えられます。

一方、はんぺんは、たくさんの大きな気泡が相互に接続し組織を形成することで空気を抱き込み、ふわふわした柔らかい食感を作り上げていて、強火で長時間煮込みすぎると、膨らんだあとにしぼんでしまうと考えられます。


今回のまとめ


以上がデータやかまぼこの構造などから読み取れる、中四国・九州地方地方を始めとした西日本でかまぼこが用いられる要因になります。また、西日本はかまぼこの値段が東日本に比べ安価なことも関与していると思われます。

しかし、同じく西日本で、牛すじを入れる大阪府や京都府などの関西地方では、中四国・九州地方に比べ、かまぼこを入れる率が低いのが正直を言うと謎のままです。

これからも「ブラおでん」を続けていき、この謎が解明した暁はぜひお話をさせていただきたいと思っています。


※《調査概要》

ご紹介するデータは、連載1回目よりデータにて引用している「紀文・47都道府県 家庭の鍋料理調査2023」と同じ手法で、前年の2022年に調査をしたものです。2023年は調理時間のアンケートを実施しなかったため2022年の調査データを使用しました。
<紀文・47都道府県 家庭の鍋料理調査2022>
■調査日程:2022年8月17日〜8月22日
■調査手法:インターネットによる回答
■調査対象:20代〜60代以上の既婚女性5,875人
■各都道府県125人(各20代25人、30代25人、40代25人、50代25人、60代以上25人)
■調査機関:株式会社マーケティングアプリケーションズおよび株式会社紀文食品
※おでん種の地域分布は、上記調査の回答者の内、「おでん」をご家庭で作って1回以上食べた方:2,893人の集計値です。


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