受け継いだ味を進化させ、銀座で親しみやすいおでんを
東京の一等地である銀座。華やかな銀座通りからひと筋入ると、金春(こんぱる)通りと呼ばれる場所に風情漂う老舗や、古き良きクラブが入るビルなどが建ち並んでいます。「ほろばしゃ」があるのは、そんなビルの3階。店名の由来は、もともとおでんの屋台を引いていた、初代店主だったおじいさんの時代に、寒さよけで幌(ほろ)を屋台のまわりにかぶせていたのを、お客さんが「ほろばしゃ」と呼んだところから名付けたそうです。
宮大工の手で復刻した、おじいさんの昭和屋台
エレベーターで3階に上がり店に入ると、真ん中にどん! と置かれた大きな屋台が目に入ります。これは、おじいさんが昭和時代に引いていたおでん屋台を、復刻させたものだそう。
「宮大工さんが作ったので、しっかりとした作りになっているんですよ。千社札はお客さんが貼ったものです」と話してくれたのは店主の加藤さん。
Tシャツ姿でグリーンのフレームの眼鏡がおしゃれ。舞台俳優を目指してニューヨークで演劇の勉強していたこともあるそう。加藤さんは三代目で、この場所に移って12年目とのことです。
「わたしの母方のおじいちゃんが魚の加工工場を持っていたそうなんですが、火災でなくしてしまって。でも魚のことは詳しいから築地で卸しをやっていたけど、そんなに簡単に売れなくて魚を捨てていたらしいんです。それを見ていた割烹の人が、『捨てるんなら俺がおでんの作り方を教えてやるから』って」と。
おじいさんが屋台を始めたのは、昭和30年代のこと。まだ戦後の名残があるものの、高度成長期に入ろうとしていた頃です。今の汐留や浜離宮あたりで屋台を引き、当時はもちろんコンビニもないので非常に売れたそう。「夏なんかはアイスキャンディを出したりして。しかも目の前に銭湯があったとかで。そこら辺は商売上手だったと思いますね」
「出汁は昆布だけ、味付けは塩だけです」
「出汁は昆布だけです。うちはかつお節を使わないで、味付けも塩だけ。砂糖、醤油、みりんは使わないんです。塩は粗塩です」
昆布は、食べるものと出汁用で分けています。
「出汁に使う昆布は日高と羅臼、あと真昆布です。季節でそれらの比率を変えたりしますね。冬はちょっと濃いめに、夏は薄めにするとか。食べる方には、出汁昆布になる前の“棹前昆布”を使ってます」
おでん鍋にぎっしりと詰められた種ものの数々。練りものを多く入れているのは、その練りものからも出汁が出るからだそう。
「真ん中は練りものがいいみたいです。対流してまわりに旨味が拡散するので、たいして味が出ないこんにゃくとか玉子などは外側に並べます」
水はアルカリ水を使用しています。アルカリ水の方が、出汁が出やすいのだとか。煮込んでいる最中に、濃い出汁は取っておき、また水を足し、そして料理酒を入れます。
「この追い料理酒で、より味に深みが出ます。さらに練りものからでる旨味が加わって、うちの味が決まるんです」
煮込み中に濃い出汁は取っておき、アルカリ水を足す。濃い味付けにならないように、細心の注意を払っています。
味へのこだわりと仕入れ先の見直し
味へのこだわりが強くなったのは、ある食品メーカーのドキュメンタリー番組の「自然のものから作る」という姿勢に感銘を受けたのがきっかけ、そう真剣な表情で語る加藤さん。
仕入れ先を見直し、練りものは多くは紀文に変更し、一方で、がんもどきと厚揚げの仕入れ先は分けるなど、きめ細かく選別しています。栃木のゆばは展示会で出会い、直感で選びました。絶対に合うと確信した通り、大人気メニューになっています。
「コロナ禍を経て、いつ自分が死ぬかもしれないから、満足するものを作ろうと思って」
それまで父に言われた通りに作っていたけれど、自分が納得したものを作って提供したい。“食を扱う人”としてのプライドと責任が改めて芽生えたということかもしれません。
鍋でもひときわ目を惹くのが厚い大根です。
「大根は米のとぎ汁で煮ないとダメですね。うちは圧力鍋で煮るんです。それも皮付きで。他の店では皮を取って面取りをすることが多いんですけど、うちは皮付きです。これは教えられた通りにやっています」
米のとぎ汁臭さを取るために、茹でた後に皮を剥いて水に浸けておくそうです。
「その後に出汁に入れるんですけど、浸透圧で水に浸けておかないと出汁が入り込まないんです。だから米の臭み取りと出汁のしみこみやすさのために水に浸けます。一番いのちを懸けているのは大根です。大根は一番人気なので手が抜けません。冬は大根に追われてヒーヒー言ってます」
と苦笑い。大根には十字に隠し包丁を入れています。
「ウチの大根は大きいってみなさんおっしゃるんですけど、結構大きめをいつも選んでいます」
「じゃがいもは新じゃががあれば、新じゃがを使います。皮が剥きやすいんです。じゃがいもは一回、ゆでるでも蒸すでもいいんですけど、やわらかくしてから一回冷まします。そうするとデンプン質が変わって煮崩れないんです」
白いおでん種が映える澄みきった出汁
加藤さんは、出汁にこだわり、おでん作りをしています。出汁が濁らないように、沸騰の手前で火を止めているそうなのですが、「出汁は絶対に濁らせたくないけれど、湯気が立つくらいの火加減じゃなければダメ」とのこと。ギリギリで美味しさを引き出す繊細な気配りで、澄んだ出汁に由来し、味付けが塩だけだから成せる技です。
おでん鍋の中を覗いてみると、メニューにある牛すじが見当たりません。「うちの牛すじは別鍋で煮るんです。脂系は入れない。脂が入ると、また味が違うし」そう話してくださいました。出汁の透明度だけでなく、混ざり合う味にも細心の注意が払われています。
『ほろばしゃ』さんで人気のおでんベスト5は「大根、玉子、はんぺん、しらたき、生姜天」。加藤さんのおすすめベスト5は「大根、ゆば、つぶ貝、生姜天、はんぺん」。一般的なおでん専門店とは、ラインアップが違うことに気付きます。
はんぺんや玉子、しらたき、生姜天、白い色合いのおでんが多く選ばれているのは、丁寧に作られた澄んだ出汁におでん種がよく映えるから。見た目もきれいな「ほろばしゃ」さんのおでんを楽しみに、女性のお客様も多く来店されるそうです。
夏場の閑散期には、おそばも出してみたいと意欲的。「各県のご当地おでんもやってみたいですね。ご当地おでんとその地のお酒も」と語りながら、慌ただしくもテンポよく仕込み作業を続ける加藤さん。新しいことへチャレンジしていく三代目のこれからのおでんにも注目です。
出汁:日高昆布、羅臼昆布、真昆布
味つけ:粗塩
人気の種ものベスト5:「大根」「玉子」「はんぺん」「しらたき」「生姜天」
おすすめの種もの:「大根」「ゆば」「つぶ貝」「生姜天」「はんぺん」
お店の基本情報 | |
---|---|
店名 | ほろばしゃ |
住所 | 〒104-0061 東京都中央区銀座8丁目8-18 築地ニイクラビル 3F |
TEL | 03-3573-7838 |
Webサイト | https://horobasha.weebly.com/ |
取材月 | 2024年2月 |
ものづくりの街で愛される、昭和12年創業の「おでん」の名店
世界で活躍するバイクや自動車、有名ミュージシャンが愛用するピアノやキーボード。日本を代表する「もの」を生み出した世界企業が本社を置く「浜松市」。多くのガイドに「名物」として記載されているとおり、街を歩くと、餃子やうなぎの看板をあちこちに見ることができます。
そんな浜松市の飲⾷店街で、意識しないと通り過ぎてしまう位の店構えの居酒屋「稲作」。年季の入った扉を引くと、懐かしい空間が拡がり、醤油とかつお出汁の温かな香りにやさしく包まれます。
昭和12年創業 長い時間をかけて作られた稲作の味
初代店主の耕作さんがおでんと茶めしのお店を始めたのは昭和12年。途中、戦争のためお店を閉じていた時期もありましたが、昭和24年にはまた、お店は再開されました。
当時のおでんの味について二代目で現在店主の正夫さんに聞くと、「子どもだったからね。お店のおでんを食べるなんて贅沢だと、食べさせてもらえなかったんだよ。だからあまり知らないの」と笑いながら答えてくれました。
正夫さんがお店を手伝い始めたのは昭和37年、25歳の時。その頃は初代店主の耕作さん、その奥さまで正夫さんのお母さま、弟さんの4人でお店を切り盛りしていたそう。「最初はもう、買い物やら雑用ばっかりやっていたよ」と正夫さん。
昭和45年、正夫さんは今の女将さん、天竜出身の里子さんとお見合いの後、結婚。女将さんにはその時、同じ日に、違う人からお見合いの話があって、そのお見合いの相手がどちらも正夫さんだったのだそう。「だから、これはもう、運命の人に違いないと確信したのよ。そんな場面になったら、誰だってそう思うでしょ」と女将さんは楽しそうに笑います。
現在は息子の啓史さんが2人の間を縫うように、忙しくお店の中を走り回っていて、頼もしい存在のようです。
「大根の顔をみて、おでんをはじめる時期を決めるのよ」
「静岡県でおでんというと、静岡おでんが思いつくかもしれないけど、うちのは関東煮なの」という女将さんのことばどおり、おでんは醤油味の滋味あふれる味つけ。
その秘密をきくと「かつお節でとった出汁とお醤油以外は何も入れてないのよ」とあっさり教えてくれました。ただしかつお節は注文のたびに業者さんに削ってもらっている焼津のもの。あとは、おでん種からしみでる味がおでんを決めるといいます。
女将さんのおすすめの一つ、こんにゃくは浜松で200年こんにゃくを作り続けている「萬屋蒟蒻店」のもので、今は地元の小学校の給食くらいしか商品を出していないという貴重なもの。こんにゃくの業者さんがこのこんにゃくを食べにくることもあるとか。「小さく細くなってくると、出汁がしみてきた合図なのよ」と女将さん。
また、「申し訳ないけど、1人ひとつまで」と注文の制限がある大根も、太さや硬さ、味にこだわって仕入れているそうで、地元「三方原」産を使うことが多いと言います。よい大根が見つからなくて、何年か前には、東京まで1本500円の大根をトラックで買いに行ったことがあったとも。
そのこだわりは「毎年、大根の顔をみて、おでんをはじめる時期を決めるのよ」というほどで、とにかく、稲作のおでんの素材へのこだわりは並々ならないもののようです。稲作のおでんに合う大根が手にはいらないうちはおでんを始めず、稲作でおでんが食べられるのは、10月頃から春先までです。
8つの具材が入った袋は、女将さん考案のオリジナル
もう一つの女将さんのおすすめはお店オリジナルの袋。キャベツ、うずらの玉子、人参、インゲン、若竹、しいたけ、かまぼこ、しらたきがしっかりとした油揚げに詰められて、かんぴょうで巻いて結んでいます。
以前は地元の業者さんからもち巾着やロールキャベツを仕入れていたのですが、手に入らなくなってしまったので、女将さんが急遽、考えたのだそう。8つの具材がバランスよく入っていて、さまざまな食感も楽しめるのに、味に一体感があり、ひとつのおでん種として成立しています。
使われている油揚げも、地元での仕入れ。しっかりしたものでないと破けてしまうというだけあって、少し厚めですが、具材の風味の邪魔をせず、繊細で柔らかな味です。
また、袋は味がしみるまでは、鍋の中で浮いてきてしまって、中身が飛び出してしまいます。そのため、女将さんは話をしながらも、他の具材の間に挟みながら丁寧に、壊れないようにやさしく面倒をみていました。
「一番おいしいのは家庭でつくるおでんなのよ」
女将さんはよくお客さまから、おいしいおでんの作り方を聞かれると言います。
「でもね、うちが出すおでんは、手間さえかければ、誰だってできる」と女将さん。「それに、家庭でなら、家族が好きなものを入れて、好きな味にできるから、一番おいしくできる」とも。「おかあさん」と呼ばれることも多いという女将さんは満面の笑顔でそう教えてくれました。
新型コロナウイルスの影響で、一時は稲作でも来客数が減ったそうですが、「お店がなくなると困る」と、常連さんが少人数で、何度もきてくれて、それが嬉しかったとご主人。そして今ではまた、一度に来店するお客さんの数も増えてきていて、連日、予約でいっぱいだと言います。
最後にご主人と女将さんで、写真を撮影させていただきました。「手を組んだことなんてないわ」と女将さんが話す横で、笑顔を作ってくださるご主人。その姿がとてもチャーミングで、運命の出会いとはきっとこういうことなのかと、笑顔になってしまうのでした。
出汁:焼津のかつお節
味つけ:特選醤油・薄口醤油
おすすめの種もの:袋、がんもどき、大根、練りもの、こんにゃく
お店の基本情報 | |
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店名 | 稲作 |
住所 | 〒430-0944 静岡県浜松市中央区田町329−9 |
TEL | 053-455-1739 |
取材月 | 2022年11月 |
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